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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1470号 判決

控訴人 野州木材有限会社

被控訴人 逗子市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金百四十五万三千五百七円及びこれに対する昭和二十七年七月一日からその支払の済むまで年六分(六分が認められないときは年五分)の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証は

控訴代理人において、不法行為の点につき、控訴人は訴外明工建設株式会社(以下訴外会社という)との間に本件木材売買契約を結び訴外会社に対し二百五十四万七百七十七円の代金債権を取得し、訴外会社はこの代金債務について昭和二十七年一月八日原判決事実摘示の請求原因二、(一)記載の弁済契約を結んだが、被控訴人の使用人である訴外座間清吉(昭和二十六年十一月二十二日被控訴人と訴外会社との間にできた本件逗子中学校々舎建築請負契約についての被控訴人側の主任者)及び羽生健三(被控訴人の助役)は共同して、(1) 同年一月二十六日訴外会社をして本件請負契約に基く訴外会社の被控訴人に対する五百四十七万円の報酬金債権を訴外横須賀信用金庫に譲渡させ、以て不法に前記弁済契約に基く弁済を不能ならしめ、(2) 同時に本件請負契約上の報酬金の中間払の都度、控訴人が本件木材代金の内払がない以上訴外会社に対し木材の引渡を拒絶しうる権利、すなわち、本件売買契約上の同時履行の抗弁権の行使を違法に侵害する目的で、その意思が全くないのに原判決事実摘示の請求原因二、(二)記載のような事前通知をして報酬金の中間払に控訴人を立ち合わせる約束をし、控訴人をしてその誤信により同第一表木材出荷内訳表3ないし10の木材を訴外会社に引き渡させ、その代金に相当する本件の損害を被らせたものである。と述べ、甲第十六号証の一ないし四、第十七号証の一ないし三、第十八号証の一ないし四、第十九号証を提出し、当審における証人立松義一、座間清吉、長田鬼子男、池田洸一朗、柴崎彦造、小林進、望月誠の各証言竝びに当審及び原審における控訴会社代表者加登谷敏雄尋問(原審の分は第一、二回)の結果を援用し、

被控訴代理人において、当審における証人立松義一、座間清吉、柴崎彦造の各証言(但し、柴崎の証言は第十五問答だけ)及び原審における控訴会社代表者加登谷敏雄の第二回尋問の結果を援用し、前記甲号証のうち第十九号証の成立は認めるが、その他の成立は知らない、と述べ、

た外、原判決の事実摘示(但し、同判決書三丁表八行目に「本件請負代金債権金額」とあるのは「本件請負代金債権全額」の誤記と認められる。)と同じであるから、これを引用する。

理由

当審における証人池田洸一朗、原審における証人長田鬼子男(第一回)の各証言、当審竝びに原審における控訴会社代表者加登谷敏雄尋問(原審の分は第一回)の結果とこれらの証言及び尋問の結果により真正に成立したことが認められる甲第一号証とを総合すると、控訴人は昭和二十六年十二月三日訴外会社との間の契約により訴外会社に対し同月二十日から昭和二十七年一月三十一日までの間に被控訴人の町立(被控訴人はその後昭和二十九年四月十五日市制を施行し逗子市となつた。)逗子中学校々舎増築工事の木材一式を見積代金二百五十万円と定めて売却納入する約束をしたことが認められ、また、被控訴人がこれよりも先同年十一月二十二日訴外会社との間の契約により右増築工事を訴外会社に報酬金五百四十七万円と定めて請け負わせたことは当事者間に争がない(竣工期については昭和二十七年三月三十一日か同年四月の新学期かについて争がある。)

一、請負報酬金の請求について

控訴人は、訴外会社は、控訴人に対する前記木材代金債務を担保する目的で、控訴人に対し昭和二十六年十二月三日被控訴人に対する前記請負報酬金債権のうち百五十万円、同月十九日同五十万円、合計二百万円の債権を譲渡し、昭和二十七年一月八日被控訴人に対し甲第二号証の御願書と題する書面と同文の書面を被控訴人の役場に提出する方法によりその譲渡通知をしたと主張し、被控訴人は右御願書提出の事実を認めて、その提出は債権譲渡の通知となるものではないと主張するから、次に右御願書の提出が債権譲渡の通知となるかどうかについて考えて見よう。

債権譲渡の通知は、債務者のその譲渡に対する認識の欠除による二重弁済の危険を防止するためになされるものであつて、講学上観念の通知といわれる事実の通知であり、その通知自体が法律により債権譲渡の対抗要件としての効力を有するものとされているものであるから、債権を譲渡した者から債務者に対してなされた書面の提出が債権譲渡の通知たる効力を有するためには、その書面自体に債権譲渡の事実が明瞭に表示されていることを要するものといわなければならない。本件についてこれを見るに、右甲第二号証の御願書の文面は「さきに御下命いたゞきました逗子中学校増築工事に関し去る十二月五日地鎮祭終了後直に組員及各職方を督励鋭意工事の進捗に努力致しておりますが、右に使用いたします木材一式を弊社において永年取引をいたしております左記野州木材有限会社に納入方を依頼致しました。つきましては誠に御多忙の処御迷惑なお願で恐縮至極でございますが、右木材総額を金二百五十万円也の内前渡金として金五十万円也を支払いたしましたに付残額二百万円は弊社の請負金五百四十七万円の内金より逐次お支払い下さるよう格別なる御詮議を以て右御承認賜り度く左記のとおり連名を以て此段御願申し上ます。」とあるだけであつて、行間控訴人主張のような債権譲渡の事実を明瞭に表示する文言はないのである。そうすると、訴外会社がこれと同文の書面を被控訴人の役場に提出したからといつて、控訴人主張のような債権譲渡の通知をしたものとするに足りないことは前説示に徴して明白であろう。

なお、原審における証人座間清吉(第一回)、羽生健三の各証言とこれらの証言によつて真正に成立したことが認められる乙第二号証によると、被控訴人は予てから地方自治法に基いて契約条例施行規則を制定施行しているのであるが、同規則第三十七条は「契約に関する権利義務は町長の承認を得なければ他人に承継させ又はその権利を担保に供することができない」と規定しており、訴外会社の被控訴人に対する本件報酬金債権は被控訴人の町長(現在は市長)の承認がない限りこれを第三者に譲渡することができない債権であつたことが認められるが、このことを念頭に置いて前認定の訴外会社が被控訴人に提出した書面を見れば、同書面は控訴人主張のような債権譲渡の事実を記載したものではなく、その字義どおり、訴外会社の被控訴人に対する請負報酬金債権五百四十七万円のうち二百万円についてはその弁済期到来の都度これを被控訴人から直接控訴人に支払われることを訴外会社と控訴人の両名から被控訴人に懇請する書面に過ぎないことが容易に理解さるべきであるから、同書面の提出が債権譲渡の通知となる旨の控訴人の主張は、この点からしても採用する余地はない。

そうすると、仮に控訴人が訴外会社からその主張のような債権の譲渡を受けたとしても、その譲渡は被控訴人に対抗することができないものといわなければならないから、控訴人の本件報酬金の請求は進んで他の判断を加えるまでもなく失当として棄却する外はない。

二、債務不履行による損害賠償の請求について

控訴人は、被控訴人は昭和二十七年一月九日及び同年四月十五日の二回に亘り本件請負報酬金の支払をするときは、必ず事前に控訴人に通知してこれに立ち合わせ、その場で訴外会社をして控訴人に対する木材代金の支払をさせる旨の契約をしたと主張するけれども、控訴人の全立証によつてもいまだこれを認めることはできない。もつとも、証人長田鬼子男及び控訴会社代表者加登谷敏雄は当審及び原審における尋問(原審の分は各第一、二回)を通じて、被控訴人の建築課吏員の座間清吉は昭和二十七年一月九日及び同年四月十五日頃の二回に亘り当時訴外会社の工事部長であつた長田及び控訴会社の代表者の加登谷に対し「被控訴人が本件請負報酬金の支払をする際にはその都度事前に通知して立ち合わせ、その場で訴外会社から控訴人に対し木材代金の支払をするようにし、その支払については必ず引き受ける。」という趣旨を言明したと供述するけれども、地方公共団体(市、町)の建築課の一吏員(座間が当時被控訴人の建築課吏員であつたことは当事者間に争がない)が右供述のような応答をするということ及びその応答は応答として、これによつて控訴人が被控訴人との間にその主張のような契約ができると信ずるということは、余りにも常軌を逸するものと考えられるのであつて、右各供述は到底全面的にこれを信用することはできない。当裁判所は前記両名のこの点に関する供述は、当審及び原審における前示座間の各証言(原審の分は第一、二回)と照らして合わせて、座間が被控訴人において本件請負報酬金の支払をする際には事前に同人が個人として好意的に控訴人に通知をし、控訴人の訴外会社に対する木材代金の取立について便宜を図るべきことを言明したという程度において信用すべきものと考える。

そうすると、控訴人と被控訴人との間に控訴人主張のような契約ができたことを前提として、被控訴人に対しその契約の不履行による損害の賠償を求める控訴人の請求もまた他の判断を待つまでもなく、理由のないものとして棄却を免れないものというべきである。

三、不法行為による損害賠償の請求について

(一)  控訴人は、被控訴人の建築課の吏員座間清吉は昭和二十七年一月九日控訴会社の代表者加登谷敏雄が訴外会社の被控訴人に対する本件請負報酬金債権の譲渡は被控訴人に対抗できるかどうかを聞きたゞしたのに対し、その譲渡を制限する前示規則のあることを黙秘したと主張するけれども、本件を通じて加登谷敏雄が座間清吉に対し前記のような照会をしたことを認めるに足りる証拠はない。そして却つて、各原審の第一回尋問における右座間の証言及び加登谷の供述と前示乙第二号証及び成立に争のない同第六号証とを総合すると、加登谷は座間に照会するまでもなく右債権は被控訴人の承諾がなければ譲渡することができないものであることを知つており、そのため前同日頃訴外会社の代表者池田洸一朗と連名の御願書と題する書面(乙第六号証、池田はこの書面では池田幸吉郎として表示されている)を被控訴人の役場に提出し、右債権のうち二百万円を被控訴人から直接控訴人に支払われ度い旨を懇請したことが認められるから、控訴人の照会に対し座間が作為若しくは不作為により控訴人を騙したとする控訴人の主張は採用することができない。

(二)  控訴人は、前記座間及び被控訴人の助役であつた羽生健三の両名は昭和二十七年一月二十六日その共同不法行為により訴外会社をして同社の被控訴人に対する本件請負報酬金債権を横須賀信用金庫に譲渡させたと主張するけれども、本件を通じてこれを認めるに足りる証拠はない。もつとも、訴外会社が前同日横須賀信用金庫に対し右報酬金債権の取立を委任し、右両名から被控訴人に対しこの委任についての承諾を求め、被控訴人が同月二十八日これを承諾したことは被控訴人の自認するところであり、そして、当審及び原審における証人座間清吉(原審の分は第一、二回)、原審における同羽生健三の各証言と、これらの証言によつて真正に成立したことが認められる乙第七号証の一、二とを総合すると、右両名は被控訴人が右委任についての承諾をするに当り、その関係吏員(座間は建築課員、羽生は助役)として書面により承諾を可とする意見を表示し、町長において承諾の決裁をしたことが窺われる。そこで、右両名のこの意見の表示であるが、地方公共団体の助役以下の吏員は特別の場合を除いて決裁権を有するものではないとともに、決裁権者から意見を求められたときはその意見を表示する職責を有するものであるから、右両名が前記のような意見の表示をしたからといつて、これを以て右債権の取立委任若しくはその承諾に不法に参画加工したものということはできない。従つて、その参画加工を前提として右両名が共同不法行為により控訴人の権利を侵害した旨の控訴人の主張もまた採用の限りでない。

(三)  控訴人はさらに、前記両名は共同して控訴人に対し訴外会社に対する被控訴人の本件請負報酬金債務の支払についてはその都度控訴人に通知する旨を言明したと主張する。そして、本件を通じて羽生健三が控訴人に対してこのような言明をしたことを徴すべき証拠はないが、座間清吉が好意的にその言明をしたことは先に認定したとおりである。そこで、これが座間の不法行為となるかどうかが問題であるが、本件は座間に対してその不法行為上の責任を追及するものではなく、被控訴人に対し座間の使用者としての責任を追及するものであつて、被控訴人にその責任ありとするためには、座間の右言明が被控訴人の事業の執行について行われたものであることが必要であるから、便宜上先ずこの点について判断する。民法第七百十五条第一項にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」というのは「事業の執行自体に付き」または「事業の執行のために」というよりも広く、「事業の執行に際して」より狭く解すべきであつて、或る行為が一定の事業の執行についてなされたものであるかどうかは、専ら外面から客観的に判断して使用者の事業の範囲内にあるものと見られるかどうかによつて決すべきものであるとすることは今日の定説であろう。そして、被用者の行為が使用者の事業の執行についてなされたとするためには、それが外観上被用者の職務の範囲内の行為であることを要するのであつて、地方公共団体の建築課の吏員が、当該地方公共団体が他に請け負わせた建築工事報酬金の支払について、請負人の債権者にその支払の日時場所を通知してやると言明するような行為は事業の執行に際してなされるものとはいゝうるであろうが、これを目してその吏員の職務の範囲内の行為とはいゝえないところであるから当該地方公共団体の「事業の執行に付いてなされる行為」と認め難いことは疑問の余地がない。それ故たとえ控訴人が座間の前記言明によつて損害を被るに至つたとしても、控訴人は被控訴人に対しその損害の賠償を求めるに由ないものといわなければならない。

(四)  これを要するに、控訴人の被控訴人に対する不法行為を原因とする損害賠償の請求も遂に失当として棄却する外はない。

四、以上と同趣旨に出で控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 田中盈 司波実)

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